【合格体験記】E判定から1年、防衛医大医学科の狭き門を突破した浪人生の覚悟
こんにちは、郷中塾の宮園です。
今回はタイトルにもありますが、樟南高校を卒業し、郷中塾で浪人した中山彗祐くんが、防衛医科大学校医学科に大逆転合格しました。
現役生の彼は、
全大学の医学科:E判定
共通テスト英語RL:128/200点
得意の数・物理・化学ですら、苦手科目レベルには遠く及ばず…
なぜ彼が九州大学医学部医学科と同レベルである防衛医大医学科に合格したのか?
・医学部医学科に合格するには何が必要なのか?
・1浪で結果を出す方法は?
この中山くんの合格者インタビューを通して、その極意をご覧ください!

第0章:「18/123」の狭き門を突破した極意

0-1. 鹿児島県内合格者わずか18名、学力試験「一次突破」の衝撃
数字を見て改めて防衛医大の壁の厚さを実感しましたね。
学力試験が課される一次試験に関して、
鹿児島県内の「志願者123名」に対し、合格者はわずか『18名』
合格率14.3%という、凄まじい激戦でしたが、振り返ってどんな気持ちですか?
【中山くん】
合格者がたった18名…
その数字を宮園先生から聞いたとき、何とも言えない気持ちでした。
現役時代の僕なら、間違いなくその「100人以上の不合格者」の中に埋もれていました。
現役生の時に受験した共通テストの英語RLが「128/200点」だった自分が、県内で医学科を目指す受験生たちと競い合う防衛医大の一次試験を突破できた…
宮園先生が僕に課した、
「変則的スケジュールを採用した受験戦略」
「得意科目を伸ばし切るための演習」
が、完全に実を結んだ証拠だと思います。
時間が経ってからですが、「自分の学力が全国レベルの医学科受験生と対等に渡り合えるところまで来たんだ」という喜びがありましたね。
0-2.「官民連携」の極致―自衛官による直接指導という奥の手
毎年、最終的な倍率「15〜17倍」という現実があり、その厳しい戦いに勝たないといけません。
学問的な論理だけでは届かない「現場のリアリティ」を補うために、私の知人である自衛隊鹿児島地方協力本部の方を紹介しました。
現役自衛隊関係者から直接指導を受ける機会を設けましたが、どうでしたか?
【中山くん】
あれこそが、郷中塾にしかできない「合格を掴むための奥の手」だと思います。
こんな戦略は聞いたことがないですよ…(笑)
だけど、机に向かっているだけでは見えない世界が見えたのは、僕の合格を掴み取った最大の要因かもしれません。
現役自衛隊関係者の方から、防衛医大の面接で求められる規律、礼式、そして何より「医官としての精神性」を直接教えていただいた経験は、何物にも代えがたいものでした。
自衛隊の方からの直接フィードバックを受け、
そして宮園先生と一緒に論理的な修正をする。
この「官」と「民」のダブル指導があったからこそ、本番の厳しい面接でも、揺るぎない自信を持って自分の意志を伝えることができました。
0-3.「必然」としての最終合格

鹿児島県内123名の受験者が、最終的には一握りの合格者に絞り込まれましたね。
防衛省「自衛隊鹿児島地方協力本部」が公表してる令和8年53期最終合格者は、わずか3名のみ
補欠合格なども若干名いるそうですが、合格できるのはたった数名程度。
(参考サイト:令和8年度入校防衛医科大学校医学科第53期学生採用試験最終合格者)
最終倍率15〜17倍ということだけありますね。
その選ばれた合格者の中に入った気分はどうですか?
【中山くん】
まだ本当に合格したのか実感が湧きません。
郷中塾で課される計画に沿って毎日食らいついたら、いつの間にか合格してました(笑)。
一番に印象に残ってることは、宮園先生と納得するまで徹底的に学力指導してもらったこと、そして自衛官の方に丁寧に指導していただいたことです。
この合格は、僕一人の力ではなく、
郷中塾という「最高の環境」で浪人生活を過ごし、
宮園先生が繋いでくださった「縁」と、
最短最速で学力を上げる最高の「受験戦略」が、
すべて一本の線に繋がった結果だと思います。
現役生のときの僕の成績は、
全大学の医学科:E判定
共通テスト英語RL:128/200点
多くの人が無理だと言った挑戦でしたが、一次試験の学力対策から、二次試験の専門的な面接対策まで、郷中塾だからこそ大逆転が可能だと断言できます!
第1章:絶望の「E判定」から始まった浪人生活

こうして合格者インタビューとして向かい合うと、一年前の入塾面談が昨日のことのように思い出されますね。
【中山くん】
そうですね。
僕にとっても、あの時が人生の転機だったと思います。
高校3年生の時、念願の医学部医学科に向けて勉強していましたが、結局どの大学も合格することができず、打ちひしがれていました。
正直に言えば、心のどこかで
「本番になれば、奇跡が起きるんじゃないか」
と甘い期待を抱いていたかもしれません。
でも、現役生のときの模試はすべてE判定でしたし、今振り返れば、不合格はあまりにも妥当な結果でした。
特に英語は、自分でも何が分からないのかが分からないという泥沼の中にいました。
僕自身、英単語帳を一冊も完璧にしていない自覚はありましたし、長文を読んでも「おそらくこういう話だろう」という根拠のない推測だけで突き進んで、最後は選択肢の「運」に賭ける…
そんなギャンブルのような勉強を繰り返していました。
医学部医学科を志望しているのに、共通テスト英語RL128点しか取れないのも仕方ないですよね。
「今の勉強を続けるなら、10年浪人しても受からないだろう。」
「でも、私(宮園先生)を信じるなら、1年で合格させる。」
この言葉を聞いて、率直にどう思いましたか?
【中山くん】
あの言葉は、僕にとって究極の選択でした。
それまでの自分のやり方を変えずに「あと一年頑張る」という、多くの浪人生が陥る『ぬるま湯のような決意』では、絶対に届かない壁があることを理解しました。
これまで慣れ親しんできた「自分なりの勉強法」をすべて捨て、ゼロから勉強法や勉強習慣を身につけるのは勇気が必要でしたね…
だけど、迷っている余裕はありませんでした。
「10年かかる道を1年で駆け抜けるなら、今までの自分ではダメなんだ」と、腹をくくったのを覚えています。
第2章:変則的スケジュール―1日の半分を「英語」に捧げる

2−1.8時30分、「朝テスト」から1日が始まる
『朝8時30分の登校』
『1時間の朝テスト』
でしたね。
【中山くん】
朝イチからテストを受けるのは、最初は本当に大変でした。
現役時代の僕は、朝が弱く、土日などは勉強を始める時間もバラバラで、気分が乗らなければ昼近くまで寝ていることもありました。
でも、宮園先生に、
「自分の誘惑に負ける人が、医学科に合格するわけないですよね?」
と言われて。
毎日とてもきつかったですが、なんとかギリギリ8時30分前に登校していました。
生徒によっては、朝から過去問を解いたりリスニングがあったりと、自分の苦手と向き合う時間だったと思います。
【中山くん】
最初はきつかったですね…
毎朝、宮園先生が用意したテストプリントが準備されてて、自習席に座ったらすぐテストを解く習慣が身につきました。
ただ、テスト内容は英語長文、英単語、英文法ばっかりで…
現役時代の僕が逃げ続けてきた「英語」のオンパレードでした(笑)。
特に辛かったのは、テストを解くこと自体よりも、その後の「訂正」の時間です。
先生はテストの点数よりも、
「なぜこの選択肢を選んだのか」
「この関係代名詞が修飾している語句はどれか」
「この文章に隠れている文法は何があるのか」
と、僕の考え方を徹底的に言語化させられました。
単にマルバツつけて終わりにするのではなく、間違えた原因を「知識不足」なのか、「論理の飛躍」なのか、「単なる不注意」なのか、ひとつずつ分析してもらいました。
朝テストが終わる頃には、まだ午前中なのに疲れてましたよ(笑)。
でも、その徹底した勉強法のおかげで、英語の成績がどんどん上がっていきました。
2−2.「英語」と格闘の日々
午前中の3時間は、一文一文を丁寧に読み解く「英文解釈」を勉強してもらいましたね。
今まで英文をなんとなく読んでたので、相当大変だったと思います。
【中山くん】
最初は「こんなに基礎レベルの勉強に時間をかけて、本当に間に合うのかな」と焦っていました。
たった数行の英文と格闘して、S、V、O、Cの記号を振り、句や節のまとまりを丁寧に書き出して確認していく作業は苦痛でした…
でも、宮園先生は、
「文構造が見えていない長文読解は、ただの『雰囲気読み』です。それでは英語ができるようになったとは言えません。」
と断言されてしまいました。
「なんとなく読める」を捨てて、「構造上、こう読まざるを得ない」という確信を持つまで時間をかけて取り組みましたよ。
その時間のおかげだとわかっていますが、もう戻りたくはないですね…(笑)。
2-3.「食事の時間」はリスニングと単語の暗記

入塾した当初、どんな勉強をしていましたか?
【中山くん】
リスニングが壊滅的だったので、宮園先生から
「耳を毎日少しずつ訓練しないと成績が伸びません」
と言われて、宮園先生と一緒に、アミュプラザの5階にある紀伊國屋書店でリスニングの問題集を探しに行ったこともありましたね。
そのときに見つけた参考書を使って、高校1年生レベルの基礎的な単語や文章からスタートし、昼食中はずっと英語を聞き続けました。
最初はただの雑音にしか聞き取れませんでしたが、数ヶ月経つと、単語がすべて聞き取れるようになって驚いたのを覚えています。
そして昼食後は「英単語デスマッチ」がありました。
英単語を覚えたら、宮園先生の目の前で口頭テストがあり、ランダムに出題される英単語テストで満点が取れるまで終わることなくテストが繰り返されて、完璧以外は認められない…
「英単語デスマッチ」の名前にふさわしく、まさに地獄のようなテストでした(笑)。
1ヶ月で2000語という、現役時代の僕なら1年かけても終わらなかった量を、先生はたった1ヶ月で終わる戦略を立ててくれました。
とてもハードでしたけど…(笑)。
ただ、英単語デスマッチのおかげで、客観的に覚えているか確認できましたし、曖昧な知識を全て潰すことができたので、頑張って続けてきてよかったと思います。
たった、1〜2ヶ月で英語が爆伸びすると思ってなかったので、宮園先生を信頼して良かったです!
2-4.「大学への数学 1対1対応」の全冊完遂
でも、数学ですら手を抜くような勉強はしてませんでしたね。
【中山くん】
そうでしたね。
13時から17時までの4時間は、数学の『1対1対応の演習』シリーズ全6冊を、文字通りボロボロになるまでやり込む時間でした。
現役時代の僕は「センスで解く」ことに酔いしれていて、典型問題の網羅を疎かにしていました。
宮園先生に、
「センスで医学部に受かるなら、現役の時に合格してるはずだよ」
といわれて、ハッとしました。
そこからは、少しでもわからない問題があれば、宮園先生に質問して正しい考え方や着眼点まで教えてもらいました。
先生から教えてもらったことを意識することで、現役時代のような「突拍子もない間違い」や「論理の飛躍」が劇的に減っていきました。
6冊すべてを終わらせた夏前、初めて「数学が本当に得意科目だ」という自信が身につきました。
あのとき妥協せず、基礎が抜けていないか一つずつ確認したことが、最後の防衛医科大学校医学科の合格に繋がったんだと思います。
2-5.「変則」が「日常」に変わる時ー22時の帰路

夕食中、ずっと古文助動詞表を見ていた中山くんの姿が懐かしいです。
さらに夕食後に物理と化学を22時まで取り組んでいて、この生活を1年間続けた粘り強さは、正直感動しました。
【中山くん】
自分でも、こんなに頑張れるんだと思いました(笑)。
22時頃に郷中塾を出て、今日1日で覚えた単語や、解いた数学の着眼点を頭の中で反芻するのが日課でした。
最初はあんなに苦痛だった「英語漬け」の午前中も、夏前には当たり前の日常になっていました。
むしろ、英語を読まないと1日が始まらないような感覚さえありましたね。
一般的には満遍なく勉強するのが正しいと思いますが、科目にわざと偏りを持たせる「変則的スケジュール」という受験戦略が、僕には合っていました。
僕にとっては、「防衛医科大学校医学科を合格する」という一点に向けて、最適化された王道ルートだったんだと思います。
苦手なことから逃げず、得意なことをさらに盤石にするために、宮園先生が設計してくれた戦略こそが、逆転合格に繋がった気がします。
第3章:添削の格闘―「合格答案」までの壁

3−1.「わかっている」と「書けている」の埋められない溝
私(宮園先生)の目からだと、「英文和訳」に躓いていた印象でしたけど…
【中山くん】
あの時期は、自分の無力さに毎日打ちひしがれていましたね…
英単語デスマッチによって英単語が完璧になり、文構造もつかめるようになっていました。
英語長文を読んでいる最中は「あ、こういう意味だな」と頭の中にイメージが浮かんでいるんです。
でも、いざそれを答案用紙に「日本語」として出力しようとすると、なぜか指先が止まってしまって…
無理やり書き出してみても、小学生の絵日記のような、幼稚で論理のつながりがない文章ばかりでした。
宮園先生に答案を持っていくたびに、
「中山くんの答案は、日常会話なら通じるかもしれませんが、医学部入試の答案としては『意味不明』なので採点対象外です」
と一蹴されました。
先生との添削指導の中で、頭の中には答案のイメージがあるのに、それを伝えるための「言葉の引き出し」が圧倒的に足りなかったことに気付かされました。
今まで「なんとなく」解いてきたツケが回ってきた感じですね…
自分のイメージを論理的な日本語に変換する作業が、こんなに精密さを求められるとは思いもしませんでした。
採点者に対して「文構造がわかっている」というアピールが足りないし、細かい文法を見て見ぬふりしてしまう癖がありました。
その癖を修正するのに、結構時間がかかりましたね。
【中山くん】
本当にその通りでした。
例えば、抽象的な概念を扱う英文で『address』という単語が出てきたとき、僕は短絡的に「住所」や「演説する」と訳して、文脈を壊していました。
宮園先生は、
「この文脈での『address』は、問題に対して『取り組む』という意味が当てはまると思います。前後の文章からその意味を導き出す意識が足りていません。」
と、僕のできていないことを一つずつ見つけて指摘してくれました。
毎回メンタルはボロボロになってましたけど…(笑)
一文を訳すのに1時間以上悩むこともザラでした。
でも、宮園先生が粘り強く「引き出し」を増やす手助けをしてくれたおかげで、単なる直訳ではない、筆者の意図を汲み取った「合格者の答案」が少しずつ書けるようになりました。
3-2. 数学の「答案用紙」を合格レベルまで昇華させる
計算のプロセスが飛び飛びだったし、ほとんど「計算するための下書き」に近い状態でしたね。
【中山くん】
耳が痛いです(笑)。
現役時代の僕は、正答さえ出せば満点だと思い込んでいましたし、模試でも「計算ミスさえなければ」と、今思えば言い訳ばかりしていました。
でも宮園先生に、
「採点者は計算結果ではなく、どういう着眼点を持ち、どのような思考プロセスを経て、その結論に至ったのか流れに点数を与えています」
と言われ、衝撃を受けました。
夏以降、毎日のように宮園先生が選定してくれたいろんな大学の過去問演習を重ねてきました。
僕はそれを解く際、単に立式するだけでなく、
「同値変形すると〜」
「ここで〜と仮定すると、」
といった、論理の継ぎ目となる言葉を意識的に書き入れるようにしました。
最初は面倒で時間がかかりましたが、先生から
「合格する答案用紙になってきましたね」
と褒めてもらえた時の感覚は、今でも忘れられません。
あの夏の「徹底的な添削指導」があったからこそ、本番のプレッシャーの中に耐えることができたんだと思います。
第4章:戦略的勝負―「防衛医大」への特攻

4-1. 8月の転換点―「九大医レベル」への挑戦
「防衛医大を受験してください」
と言われましたね。
あの時の心境はどうでしたか?
【中山くん】
正直、耳を疑いました(笑)。
防衛医科大学校医学科といえば、「九州大学医学部医学科」に匹敵する超難関だけでなく、その学力試験は10月末ですよ。
一般的な浪人生だったら「基礎から応用へ」と移行している時期に、いきなり最高峰の真剣勝負を挑めと言われたわけですから。
現役時代の「医学科:オールE判定」のトラウマが、一気に蘇りそうになりました。
「先生、今の僕がそんなトップレベルに挑んでも意味ないと思いますよ」
と本気で訴えたのを覚えています。
でも、宮園先生は、
「無謀に見えるかもしれないけど、勝てる戦略がある」
「ただし、それ相応の覚悟と努力量が必要ではある」
と主観的な励ましではなく、現実的なことも含めて断言されました。
「防衛医科大学校医学科に合格させる」
宮園先生のこの言葉を信じて、8月からは防衛医大に向けて一気に受験戦略を方向転換しました。
4-2.「防衛医大」の戦術―独特の形式を逆手に取る
でも中山くんには、あえて「速く解く」のではなく「丁寧に解く」訓練を継続させていました。
この「逆張りの戦略」について、どのように感じていましたか?
【中山くん】
出題形式を意識しない、「自分に合わせた」戦略が、実は最大の勝因だったと思います。
防衛医大の英語は、語彙レベルが高い上に文章量が多いですし、内容も医学や科学に関することばかりでした。
また、数学や理科も記述量は膨大です。
なので、「時間が足りない」と焦ってスピードを意識した演習に注力してしまって、うまくいかなかった受験生もいると思います。
僕と同じように医師を目指して他の予備校で浪人した友人も、防衛医科大学校医学科の受験に向けて速読の練習ばかりしてたらしく、本番に失敗してしまったとのことでした…
でも僕は、宮園先生に、
「文章構造や設問要求を正確に掴めば、次の展開は論理的に予測できる」
と叩き込まれていました。
先生が僕の弱点に合わせて他大学の過去問から「防衛医大を合格するための問題」を選定してくれていたので、僕は全力で取り組むだけでした。
4-3. 物理・化学の「難解問題」の真意
最初は苦しかったと思いますが、自分の中で変化はありましたか?
【中山くん】
最初は手も足も出ませんでした。
現役時代の僕は演習量が圧倒的に足りず、ただ公式を当てはめるだけの作業をしていたので、
「そもそも実験の流れや動きがイメージできない」
という状態からのスタートでした…
宮園先生に何度も質問して着眼点や多角的思考など、ハイレベルな問題を解くために必要な学力を必死に吸収していきました。
防衛医大の理科は、一見すると見たこともないような設定の問題が出るので、「名問の森」や「化学 重要問題集」レベルの問題集だと太刀打ちできません。
でも、先生との猛特訓で、
「結局、エネルギー保存と運動量の因果関係を追えば最後まで解ける」
「条件を整理してチャンク化すれば、問題の意図が見えてくる」
と、難しい問題を「理解して解く」という経験が積み上がっていく実感がありました。
あの特訓のおかげで、本番で未知の問題に出会ったときの「精神的な余裕」が持てたんだと思います。
第5章:郷中塾のオススメポイント

5-1. 逃げ場のない「対話」と思考の「言語化」
1年間を振り返って、郷中塾という場所はどんな存在でしたか?
【中山くん】
うーん…
一言で言えば、「自分の弱さと一分一秒も妥協なく向き合い続ける場所」でした。
多くの予備校や塾がありますが、郷中塾が決定的に違うのは、単なる「知識の提供」ではなく「思考の矯正」が行われる点だと思います。
普通なら、解けない問題があれば解説を読んで終わり、あるいは先生が解き方を教えて終わりだと思います。
でも、郷中塾ではそれが許されませんでした。
宮園先生とのやり取りは、常に「なぜ、この解法になるのか?」という思考の言語化を教えてもらったり、ときには僕に言語化させたりと、徹底的に正しい思考プロセスを構築していきました。
それを繰り返していくと、夏を過ぎる頃には、自分一人で勉強している時も「脳内の宮園先生」と対話する習慣に変わっていました(笑)。
5-2. 「朝テスト」と「デスマッチ」がもたらした強制力
医学科を目指すなら必須の努力だと思いますが、1年間続けた感想はありますか?
【中山くん】
あれは、僕のような「詰めの甘い」人間には最高のシステムでした(笑)。
現役時代の僕は、自分で計画を立てても、どこか自分に言い訳をして「今日はここまででいいや」と妥協していました。
でも、郷中塾はその甘えが生じないシステムでした。
毎日の「朝テスト」で英語長文を読み、その解釈を先生にチェックされる。
午後の「英単語デスマッチ」では、完璧に覚えていなければ不合格となり、合格するまで永遠に終わらない。
この「強制力」が僕の学習密度を極限まで高めてくれました。
特に化学の暗記デスマッチは、一見すると泥臭い作業に見えますが、あれによって「瞬時に引き出せる知識の引き出し」が完成しました。
防衛医大の試験のような時間との戦いになる試験では、この「無意識レベルで知識が出るまで叩き込む」という郷中塾のストイックな姿勢が、とても大きな武器になりました。
5-3.「宮園先生」という、絶対的な伴走者
【中山くん】
あと、宮園先生の存在が大きいです。
単なる「先生」ではなく、「戦略家」であり「伴走者」みたいな人でした。
先生は僕の模試の結果だけでなく、日々のノートの書き方や質問に来る時のテンションだったり、集中力が切れるタイミングまで、すべてを観察していたんだと思います。
生徒一人ひとりの状況に応じて戦略や勉強方針が変わるので、できるだけ生徒全員の機微を観察していましたが、それがわかっていたとは驚きました。
【中山くん】
ありがとうございます(笑)。
だからこそ、あの「1日の半分を英語に充てる」といった、僕の現状に最適化された戦略を立ててくれたんだと思います。
「防衛医科大学校医学科を受験しよう」
と先生から言われた時も、驚きはありましたが、信じてついていこうと思いました。
あの確信に満ちた言葉がなければ、僕は途中で足がすくんで、今の合格はなかったはずです。
郷中塾は、生徒一人ひとりの特性を見抜いて、その子だけの「勝利の方程式」を教えてくれる場所だと思います。
おまけ:E判定に苦しむ後輩たちへ

【中山くん】
「E判定」は、今の実力を示す数字でしかありません!
厳しい判定ではありますが、自分の限界という告知でもないし、将来を決定づける予言でもありません。
でも、今のままの延長線上に合格がないことも事実です。
郷中塾で学んだのは、自分を一度リセットしてゼロから再出発する勇気です。
自分を信じて、逃げずに自分を磨き続ければ、たとえ英語が128点からでも、防衛医大という最高峰に手は届きます。
郷中塾は、その「奇跡」を掴ませてくれ流場所でした。
みなさんも、自分を変えることを恐れず、逃げずに頑張ってください。
その先には、今の自分には想像もできないほど広い世界があると思います。
おわりに
いかがだったでしょうか。
中山くんのように、周りから厳しいと言われても、たった1年で全てを覆して逆転合格してみませんか?
大学受験は「勝てる戦略」と「やりきる熱量」があれば十分です。
不安やご相談はいつでも受け付けております。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。







