【合格体験記】高3の10月E判定から大阪大学外国語学部への伝説的な逆転合格

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こんにちは、郷中塾の宮園です。

早速ではありますが、今回はタイトルの通り、高校3年生の10月に実施された阪大入試プレでE判定、絶体絶命のピンチにいた甲南高校の末廣海斗くんの合格者インタビューです。

心折れそうな状況から、奇跡とも呼べる大阪大学外国語学部に大逆転合格を果たした理由を赤裸々に話してもらいました!

・志望校の判定がE判定続きで心が折れている人
・学校と塾を両立して勉強したい人

このインタビューを通して、郷中塾の逆転合格輩出の裏側をご覧ください

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第1章:自由英作文の深淵との格闘

まずは、合格した感想を教えてください!

ありがとうございます!

でも正直、今こうして宮園先生と話しているのも不思議な感覚です。

合格発表の直前まで、僕は本気で

「やっぱり大阪大学合格は厳しいんじゃないか」
「来年の浪人に向けて気持ちを入れ直そう」

と考えていました。

特に英語の自由英作文で苦戦したので、得点源である自由英作文に自信がなかったですね。

阪大英語は「難読英単語の推測」「英作文の思考深さ」が試されると先生に言われてたので対策しましたが、本番のあの独特な雰囲気を前にして、気持ちが飲まれてしまいました。

今年のテーマは「最も恥ずべき行為」についての意見を求められたね。
問題を見た瞬間どんな気持ちだった?

正直パニックになりましたよ(笑)。

設問の「最も」という言葉が、どうしても引っかかりました。

僕は「行為を一つに絞り、かつそれがなぜ『最大』であるかを論証しなければならない」という阪大特有の記述のプレッシャーを感じてしまいました。

「最も」と限定されている以上、単に「恥ずかしい行為」を書くだけでは論理的に不十分だと思ったんです。

それは他のあらゆる「恥」と比較して、なぜ頂点にあるのか。

その理由を説明しようとしたら、思考が迷路に入り込んでしまって…

普段の演習なら、もっと要領よく「嘘をつくこと」くらいでまとめていたと思います。

でも本番では、「阪大の採点官を納得させる論理的な『恥』とは何か」を深く考えすぎてしまってました。

結局、抽象的で哲学的な議論をその場で組み立てたので、自由英作文に時間を使い過ぎてしまって、気づけば長文読解に残された時間は25分でした。

あの時の冷や汗は今も忘れません。

阪大志望者にとって、「長文25分」は死刑宣告に近いです。
それでも末廣くんが合格を勝ち取ったのは、その後の「リカバリー」があったからだよね。

はい。

あそこでパニックにならずに済んだのは、間違いなく郷中塾での添削指導のおかげです。

先生と、添削指導では1時間以上かけて、「なぜその構成にしたのか」「本文のどの論理を拾ったのか」という僕の思考プロセスを徹底的に詰めてズレを修正していきましたよね。

懐かしい!
徐々に末廣くんに求めるレベルが上がっていく、地獄のような添削指導だね。

正直、当時は「もう勘弁してくれ…」と思っていました(笑)。

「奇跡のような合格を勝ち取らせるので、信じてついてこい!」

と先生から言われて、本当に必死に過去問を解き続けていましたよ。

でも、あの添削指導があったからこそ、時間がなくても「この文章の骨組みはこうだ」と瞬時に見抜いて、迷わず書き切ることができました。

時間がないという絶望感の中でも、最後まで「阪大で求められる要素を考え抜くこと」は放棄しなかった自分を褒めたいです。

最後まで諦めないという訓練が、この逆転合格という結果に繋がったんだと今は確信しています。


【宮園先生の振り返り】

末廣くんが本番で陥った「思考の沼」は、実は彼が阪大合格レベルの論理的思考力を身につけていたことの裏返しでもあります。

通常の受験生であれば、設問の「most」を単なる強調程度に捉え、平易な具体例でお茶を濁したと思います。

しかし、彼はその言葉が持つ「論理的な排他性」に反応できるほど、言葉を定義から疑うという郷中塾の教えを、彼が真に体得していた証拠です。

そして特筆すべきは、残り25分からのリカバリーです。

これは単なる「速読」の結果ではありません。

彼は添削指導を通じて、文章を「単なる物語」ではなく、「論理の因果関係」として捉える訓練を積んできました。

本番で失敗したと感じるほど深く思考し、その失敗を技術で補完して合格を勝ち取る。

まさに「郷中塾の指導」と「彼の執念」が、阪大の要求水準を超えた瞬間だったと言えるでしょう。

第2章:志望校の転換と致命的な弱点

少し時間を遡って、志望校選びの話をしよう。
「神戸市外国語大学」から「大阪大学」へと目標を引き上げたきっかけは何だったの?

実を言うと、高校3年生になるまで自分の中に「阪大」という選択肢は一ミリもありませんでした。

学校の先生との進路相談で、「末廣くんはおしゃれな街が似合うから、阪大なんてどうだ?」と冗談めかして言われたのが始まりです。

単純だと思われるかもしれませんが、「大阪大学」って何かカッコいいし、ワクワクしたんです。

ただ、学校の先生から「マイナーな言語を専攻して、少しでも合格可能性を上げよう」と言われ、志望校選択に悩んだので宮園先生に相談しました。

あの当時の末廣くんの成績状況は正直かなり厳しかったけど、私が何を言ったか覚えてるかな?

はっきり覚えています。

「マイナーな言語で意欲が削がれているなら、どれだけ高くしても希望するところを教えて欲しい。全ての時間を勉強に捧げるなら、絶対合格できるよう受験戦略を立てます」

と言ってくださいました。

ただ、その当時の学力を見ると「厳しい」なんてレベルじゃなかったです(笑)。

高2の12月までサッカーのクラブチームにどっぷり浸かっていたので、数学と社会はほとんど手をつけていませんでしたし、特に数学は、阪大受験を口にするのが恥ずかしいくらいの状態でした。

その絶望的な状況から、一緒に立てた受験戦略は覚えていますか?

もちろんです。

自分の武器を冷静に分析すると、国語と英語は阪大レベルには到達していないけど得意科目だったので、まだまだ伸びる感触がありました。

それに対して数学は、今から阪大レベルまで引き上げるには時間が足りないと感じていました。

そこで、二次試験の配点や科目特性を宮園先生が分析して、

「国語と英語を最大限伸ばして点数を稼ぐ」
「数学は致命傷を防ぐレベルしか求めない」
「世界史を徹底強化して点数を安定化させる」

この3点に全リソースを投下する戦略を立てたんです。

自分の特性と大学側が求めるスペックを照らし合わせた末廣くんオリジナル戦略でしたね。

はい。

苦手な数学で勉強時間を浪費することを避け、その分の点数を国英で稼ぎ、世界史を仕上げれば戦える状況になる。

この戦略は僕の特性だけでなく、勉強のモチベーションも加味してくれていました。

この「限られた勉強時間の中、どのように時間と労力を配分するか」という意識があったからこそ、クラブチーム引退後の遅れを取り戻せると確信できました。


【宮園先生の振り返り】

末廣くんの志望校選定において特筆すべきは、「感情的な動機」と「論理的な戦略」の絶妙なバランスです。

多くの受験生は、現状の偏差値から逆算して志望校を「守り」に入ります。

しかし、彼は「大阪大学カッコいい」という直感的な憧れをエネルギーに変え、それを実現するため「現実的な受験戦略」に沿って勉強を始めました。

彼が数学を「捨てる」に近い判断をし、国語・英語・世界史に特化したのは、一種の賭けでもありました。

しかし、これは単なる逃げではありません。

もちろん「サッカーに没頭した」という過去が「数学の学力不足」という状況を生みましたが、それが逆に「国語・英語という武器を研ぎ澄ますしかない」という背水の陣を作り出しました。

この負の側面を正の戦略へ転換させたことが、合格への第一の分岐点となったのです。

第3章:郷中塾での過ごし方

末廣くんは、特に長期休暇中は朝から晩までずっと塾にいたよね。
あれは自分の中で決めていたことなの?

そうですね。

夏休みや冬休みは、朝9時前には塾に来て、夜の22時過ぎまで残るのが当たり前になっていました。

正直、家だとどうしても甘えが出てしまいますが、郷中塾に来れば「やるしかない」というスイッチが入るんです。

他の塾に通っている友人から聞いた話ですが、日曜日は閉館時間が早かったり、週1回は塾が閉まっていたり、モチベーションが高くてもそれを発揮する場がなくて、結局、図書館とかサンエールとかで勉強していたそうです。

それに比べて、郷中塾は年中無休で朝から晩までずっと勉強できる環境でした。

あと、自分専用の自習席が確保してあるので、他の塾に通っている友人が

「今日は塾が休みだから勉強場所がない」
「自習室が混んでいて自宅に帰る羽目になった」

などの話しているのを聞くたびに、自分がいかに恵まれているかを実感しました。

郷中塾は、「行けば必ず自分専用の自習席があり、いつでも勉強ができる」という安心感がありますね。

そうですね。

自分専用の自習席だから、参考書や学校教材を置きっぱなしにできるし、昨日の続きからすぐに始められる状態が維持できました。

「勉強したい」、あるいは「しなきゃいけない」と思った瞬間に、郷中塾に行けば必ず勉強できました。

あと、食事は自分の自習席でとれるから、お弁当を食べながら参考書を読んでましたし、チョコを食べて糖分を補給しながら、休むことなく勉強してました。

一番勉強したのは冬休みで、朝8時から夜22時まで郷中塾に毎日行ってたので、1日14時間は勉強していましたね。

その環境のおかげで、クラブチーム引退後の遅れを取り戻すための圧倒的な自習時間をつくれたんだと思います。

質問対応についてはどうでしたか?
長時間勉強していると、当然わからないところも出てくるよね。

質問対応はピカイチだと思います。

必ず質問できる先生がいましたし、宮園先生は全教科質問対応できるので、英語で詰まっても、世界史で疑問が出ても、その場ですぐに解決できました。

共通テストの前は情報や地学基礎なども質問してましたし、僕が納得するまで付き合ってくれました。

他の塾の友人は、「質問対応できる先生が不在の日がある」「オンラインでのやりとりで知りたい情報と違う時がある」とか愚痴っていました。

わからない問題を先延ばしにすると、その分学習の速度は遅くなるので、質問対応は自分の中で最重要視していた部分です。

その場で疑問を解消し、即座に次の演習へ進めるテンポの良さが、阪大レベルの膨大な演習量をこなせた理由だと思います。


【宮園先生の振り返り】

学力の向上とは、結局のところ「質の高い思考」を「圧倒的な時間」積み重ねた結果に他なりません。

末廣くんが大阪大学合格を勝ち取れたのは、「学習環境」を最大限利用したからです。

彼が強調した「自分専用の自習席」と「年中無休」という環境は、心理学的視点から言えば「決定回避の法則(選択肢が多いとエネルギーを消耗する)」を排除する効果があります。

この効果によって、「どこで勉強しようか」という迷いをゼロにし、全エネルギーを阪大対策だけに注入させることが可能になったのです。

 

決定回避の法則(ジャム実験)】

シーナ・アイエンガーの「ジャム実験」は有名な話ですが、選択肢が多すぎると人間は判断に疲れ、逆に決断・購入を避けてしまうという心理現象です。

大学受験だと、
・勉強場所があるか不安を抱えて気苦労する
・たくさんある塾から最適な塾を探す
など、選択肢が多い状態に陥ると、良くないと知りつつも『現状維持』という選択肢をとってしまうケースが挙げられます。

 

また、宮園先生の全教科指導をフル活用した「わからない問題はすぐ解決する」というサイクルは、「学習速度の低下」を最小限に抑えました。

疑問が解決する快感は、長時間学習における最大のモチベーション維持装置となり、学習速度を加速度的に上げていくことが可能となります。

第4章:学校と郷中塾の「二刀流」

受験生にとって永遠の課題とも言えるのが「学校の課題と塾の指導をどう両立するか」という点だよね。
末廣くんの解決方法を教えてください。

僕はむしろ、学校と郷中塾の指導を「完全に分けていた」ことが、合格の決め手になったと思っています。

無理に両立させようとするのではなく、それぞれを使い分ける「二刀流」の感覚でした。

具体的には、学校では「英文和訳・和文英訳」という、基礎から中堅レベルの添削を依頼していました。

これはこれで、英語の土台を作るために必要不可欠な練習なので、宮園先生と相談して、最後まで学校と基礎対策を継続しようと話をしていました。

阪大レベルの「自由英作文」や「難解な長文読解」の添削も学校に依頼したことがありますが、学校だけでは難しいと判断したので、これは郷中塾で徹底的に指導してもらおうと使い分けてました。

学校のサポートで完結できる勉強、郷中塾のサポートが必要な勉強、細かく使い分けてたね。

はい。

学校で補えない「自由英作文」と「長文読解の思考プロセス」を、郷中塾で徹底的に対策してもらいました。

もし郷中塾でも学校と同じような和訳の課題ばかり出されていたら、パンクしていたと思います(笑)。

でも、学校と郷中塾で指導分野を明確に分けられたからこそ、無駄なく、かつ漏れなく勉強できたと思います。

学校の先生の指導も信頼しつつ、足りないピースを塾で埋める。
この「信頼の分散」がうまくいったね。

そうですね。

特に阪大の自由英作文は、全く書けなくて解答欄がスカスカでした。

それを郷中塾の個別指導で時間かけて「本文をどう読み、どう答案を組み立てるか」という思考プロセスをゼロから指導してもらいました。

これは、学校やオンライン指導では絶対に得られなかった経験だと思います。

書けるようになると逆に添削の赤ペンが増えて、正直「手加減してほしい…」と思うほどキツかったですが(笑)。

あの負荷があったからこそ、本番の「阪大長文読解を、たったの25分で解き切る」という奇跡のリカバリーができたんだと思います。


【宮園先生の振り返り】

末廣くんの成功は、「教育資源の最適化」にあります。

受験業界ではよく「塾が学校の邪魔をする」という対立構造が見られますが、これは非常に不毛です。

彼の場合、学校を「基礎学力の定着」、郷中塾を「実戦的思考の訓練」と定義しました。

そうすることで、学校での「丁寧な訳出」というインプットに集中し、郷中塾での「論理的なアウトプット」という勉強法が確立しました。

彼が学校の指導を疎かにせず、かつ塾の過酷な添削に食らいつく相乗効果によって、オーバーワークを防ぎ、最短距離での成長を可能にしました。

第5章:「食らいつく力」が手繰り寄せた逆転劇

では改めて、試験本番の英語で残り25分という絶望的な状況に陥りながら、末廣くんを支えていたものは何でしたか?

正直に言えば、最後は「意地」でした。

中学生の頃も郷中塾に通ってて、そのときも短期間で甲南高校へ逆転合格させてもらった恩がありました。

高校生になってからは宮園先生に勉強の進捗を管理してもらい、自分専用の自習席でひたすら机に向かってきました。

秋からはじまった過酷な添削指導で「もう限界だって…」と思いながらも食らいついてきた日々が、最後まで食らいつく力になったんだと思います。

「ここで諦めたら、周りの人たちや頑張ってきた自分に失礼だ」と思って耐えていました。

まさに「執念」ですね。
不合格を確信していたと言いながらも、最後まで諦めずに戦い抜いた理由はそこにありましたか。

はい。

合格発表で自分の番号を見つけた時、すぐに宮園先生に連絡しましたよ(笑)。

あと、そのとき思い出したのは、あのスカスカだった最初の英作文の答案でした。

何も書けなかった自分が、本番では『最も』という言葉の深みに悩み、最後まで闘うことができたということが、今更ですが本当に実感できたという感じです。

合格という結果はもちろん嬉しいですが、それ以上に「正しい努力をすれば、こんな自分でも奇跡を起こせるんだ」という成長が一番嬉しかったですね。


【宮園先生の振り返り】

末廣くんの合格は、決して「奇跡」ではありません。

それは、彼に合わせた受験戦略、最高の学習環境、そして何より彼自身の「執念」が引き起こした当然の結果です。

彼は、自分の弱点を直視することから逃げませんでした。

数学という壁を前にして立ち止まるのではなく、国語・英語・世界史という別のルートを切り拓き、その道を誰よりも深く、速く駆け抜けました。

彼の「大阪大学合格」の背後には、郷中塾での「圧倒的な勉強量」と「妥協しない勉強の質」が確実に存在します。

指導者として、彼のように「問いの本質」に悩み、苦しみながらも最後まで思考を放棄しない生徒を送り出せたことを、私は心から誇りに思います。

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おまけ:後輩たちへのメッセージ

さて、最後の質問です。
阪大などの難関大を目指す後輩たちに向けて、末廣くんが考える「合格の条件」を教えてください。

はい。

僕が思う合格するために絶対に譲れないポイントは3つあります。

1. 「最高の学習環境」を持つこと
家や学校では集中できないなら、迷わず「自分を強制的に勉強させる場所」を見つけてください。
僕にとっての郷中塾の自分専用の自習席のように、「ここに来ればやるしかない」と思える環境を持つことが、圧倒的な学習量を生む基盤になります。

2. 「逃げの志望校変更」をしないこと
僕は「数学ができないから」とレベルを下げるのではなく、阪大という目標を据えたまま「どうすれば今の武器で戦えるか」という戦略を考えました。
憧れを最後まで捨てずに、それを実現するための論理的なルートを宮園先生と一緒に探したことが、一番のモチベーションになりました。

3. 指導を「利用」し尽くすこと
現役生は特に勉強時間の確保が難しいので、学校と塾を使い分けて欲しいです。
僕は郷中塾の先生が全教科対応できることを最大に利用して、疑問をその場で解消し続けました。受け身になるのではなく、先生を「自分の合格のために使い倒す」くらいの姿勢がちょうどいいと思います。

すごい熱量で説得感がある話だね。

自分が体験したからですかね(笑)。

大学受験は、単なる知識の量ではなく「戦略」と「環境」の勝負だと思います。

僕のように数学が致命的でも、自分の武器をどこで活かすか分析し、そしてその戦略を信じてやり抜ける環境に身を置けば、合格する道が絶対にあります。

郷中塾には、そのすべてが揃っていました。

本気で「自分を変えたい」と思うなら、泥臭く、最後まで食らいついていってほしいです。

おわりに

最後になりましたが、志望校を諦めようとしている人へ私からのメッセージです。

・自分専用の受験戦略
・圧倒的な演習量
・集中を持続させる環境

この3つがそろえば、どんな学力からでも合格できる道はあります。

志望校を下げる前に、今一度、本当に下げる必要があるのか考えてみませんか?

ご不安や質問など、郷中塾はいつでも受け付けております!